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上機嫌でいこう。

本とか、音楽とか。本は新書を読むことが多く、音楽はクラシックやサウンドトラックを中心に。映画やDVDも好きで見ています。

「怒り」という生命状態

こんばんは。

今回は、少し毛色の変わったエントリーをしたいと思います。ちょっと仏教用語を参照します。それは、「貪・瞋・痴(とん・じん・ち)」と「他化自在天(たかじざいてん)」というの考え方です。「貪・瞋・痴」というのは、それぞれ

・貪(とん) むさぼり

・瞋(じん) いかり

・痴(ち) おろか

に対応していますですが、ここでは詳しくは触れません。

仏教では、人間の生命状態を十種のカテゴリーないしランクに分けて「十界(じっかい)」と称しています。そのうちの最低の状態を「地獄界(じごくかい)」と言います。地獄界の生命状態を特徴づけているのが、この「貪・瞋・痴」のうちの「瞋り(いかり)」ということだそうです。ある仏僧の考えを紹介しているサイトでは

「瞋り」とは、思い通りにいかない自分自身や、苦しみを感じさせる周りの世界に対して抱く、やり場のない恨みの心です。苦の世界に囚われ、どうすることもできない生命のうめきが瞋りです。
いわば「生きていること自体が苦しい」、「何を見ても不幸に感じる」境涯が地獄界です。

 

と述べています。この「瞋り」の定義は、そのまま現代語の「怒り」と通じているのではないでしょうか。
一方、「他化自在天(たかじざいてん)」とは、周りを支配しようという欲望と、支配することに喜びを感じている生命の働きのこといいます。これは、「瞋り」の生命のエネルギーが、外の対象に向かった時の作用ではないでしょうか。
他化自在天」は、別名では「第六天の魔王(だいろくてんのまおう)」と称され、その意とするところは「魔(ま)」、即ち「奪命者(だつみょうしゃ)」ということだそうです。この奪命者というのは、仏道修行を妨げるものとして現れるということのようですが、ここでは「思い通りにならない他者・環境に対する怒りに基づいて、それを支配しようとする生命の働き」と読んでみたいと思っています。そうしたことに「喜び」を感じるのが「大六天の魔王」であり、「奪命者」であるということなのだと思います。
このような生命状態は、仏教ではだれにでも内在する本源的なもとであるとされているので、この状態を克服するのは厄介だろうと思われます。
こうしたことを考えてみたのは、最近では「アンガーマネジメント」ということがよく言われるようだからです。ちょっと読んでみようと思って、次のような本を図書館に予約してみました。 

 

パワハラ」というのは、ぶっちゃけ職場での「いじめ」だと思っています。その「いじめ」の根本に「怒り」の感情があると指摘し、その克服・コントロールのことについて書いてあるのかなあと思って予約してみました。読んでご紹介できるようであればとも思っています。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。