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上機嫌でいこう。

本とか、音楽とか。本は新書を読むことが多く、音楽はクラシックやサウンドトラックを中心に。映画やDVDも好きで見ています。

「生命力」ということ

おはようございます。
 

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私は長く精神科に「うつ病」患者として通院していますが、一体に、どこに異変が生じているのだろうかといぶかしくなることがあります。かなりよくなってきているのからなのか、かつてのように億劫だとか、ひどい時には消えたいと思ったりとかいうのは頻度としては少なくなりました。うまくすると、外出や散歩などもできます。たぶん、傍目には本当に病人なのか、わからないだろうと思います。
しかし、これからの季節が要警戒。今までの記憶ですと、11月以降、長いと4~5月にかけての連休明けくらいまで、調子の悪い日が続いてしまいます。こうなると、食事をとることはもちろん、トイレに立つことも面倒なほどになってしまい、うつうつとベッドの中で過ごすことになります。
さて、このような病状を考えるにつけ、うつ病とは「生命力」にかかわる病であろうと思うのです。ここで生命力とは、「意思・精神の力」と「身体・肉体の力」が「未分化」である状態のことを言う、としておきたいと思います。「統合」されている状態というよりは、分化される前の混沌とした状態というのが、イメージとしては近いです。この、「生命力」が弱まる病の一形態が、うつ病であると思うのです。
では、私の場合には、その「生命力」の衰えがどのように表れてくるのでしょうか。まず、2日と続けての外出ができません。外出と言っても、3~4時間程度のものです。この3~4時間程度が、「半日」ではなくて、丸々1日と感じられてしまいます。具体的には、通院などがそれに当たります。だいたい9時に出たあと、カウンセリングと診察、昼食、薬の受け取りを終えて帰宅すると、13時くらいになります。その程度の外出であっても、週に1回から2回が限度で、まず3回とはできません。まさに「イベント」となっています。
そうした一方で、精神や意思の力ともかかわっているので、「こころ」が力づいてくると、回復してくることもあります。具体的には、「よき言葉使い」をしたり、それに接したりすることです。おそらくは、意識の層から耕されるように活性化されるのでしょう。仏教では意識の深層に、さらに第八識・第九識を想定しているそうです。それを援用すると、言葉がそうした深層までを耕し、新鮮な空気を送るといったイメージでしょうか。具体的に言うと、例えば友とのよき語らいは「生」の活性化につながるということなどが、それにあたっていると思います。