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上機嫌でいこう。

本とか、音楽とか。本は新書を読むことが多く、音楽はクラシックやサウンドトラックを中心に。映画やDVDも好きで見ています。

「困難な時代」を生き延びる(たぶん、その1)

こんにちは。
以前から「『困難な時代』を生き延びる」ということについてまとめてみたかったのですが、今日から少しずつでもそれをやってみようと思います。

「平和を生き延びる」が気になって

ある児童文学家が、戦争のような困難ではなく、いまは「平和」を生き延びる術を見つけなくてはいけないということを書かれていたと記憶しています。かつてないほどに「平和」(おそらくは「相対的な平和」)が続いていた時期、その「平和」を生き延びることを、人間はあまりよく知ってはいないという意味だったのだろうと思います。

いまは「困難な時代」なのか?

それからたぶん20年は経ったのではないかと思います。たぶんその頃は、テロも格差も、少子化・高齢化もそれほど深刻にはとらえられてはいなかった。しかい、「いま」を「困難な時代」と呼ぶことについては、ためらいを感じない人の方が多いのではないでしょうか。ひところ言わるようになった「生き難さ」は、いまも遍在しているように思われます。こうした「困難な時代」を生き延びる術を、やはりいま一度考えざるを得ないのだと思っています。

困難で平和な時代?

この二つを勘案すると、「いま」は困難かつ(相対的に)平和な時代なのだと言えるのではないでしょうか。しかし、この二つの間で立ち往生しているような感じがします。現状を打破しようにも、いま以上によくなる保証がなく、むしろ悪くなる予感しかしない。どこから手をつけていいのかわからない。とはいえ、座して黙しているわけにもいかないことが多々ある。結果、身動きがとれない状態に陥っているのではないかと思うのです。

善く生きようとすること

そうした現状について、社会や環境を変えることは容易ではなさそうですが、「いま」「ここ」からできることはないのでしょうか。つまり、他ならぬ「この私」からできること、です。
それはおそらく、善く生きるとか、「幸福」を目指すということになろうかと思います。それがどういうことなのかは、また改めて書けるといいなと思っています。
 

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