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上機嫌でいこう。

本とか、音楽とか。本は新書を読むことが多く、音楽はクラシックやサウンドトラックを中心に。映画やDVDも好きで見ています。

なんちゃって大学論(1)

書きながら考える 暴論・耕論

◆知人とのチャットの中で、かつて学部卒の後で「大学論」をやってみたいと思っていた時期があったことを、ありありと思い起こした。

◆より正確に言おうとすると、「ありありと思い起こされた」というべきであろう。

◆その当時は、大学の「社会的機能」であるとか、「使命」とでもいったようなことを詳らかにしたいと思っていて、教育社会学という枠内でそれをやってみようと考えていたのである。

◆それで最初に調達したのが、内田樹さんの『街場の大学論』(角川文庫、Kindle版)だが、11月24日に入手のあと、まだ読んでいる始末w

◆少しばかり、昔話をさせてもらうのを許していただきたい。

◆私が大学にエスカレーター式に進学したのは、1982年のことだ。わが母校は、1970年の開学。まだ学生運動の影響下にある頃のことだ。

◆今にしてわかることだが、大人になると10年なんてあっという間のことだ。1982年といっても、学生運動の記憶が、まだ教授陣・経営陣にはリアルに残っている頃である。

◆しかし、まだ18年しか生きていない当時の私たちにとっての12年前というのは、遙かな過去というものであった。そこに、世代間の格差が生じてくる。

◆大学の創立者は、大学の運営に関して、学生の主体的な参加を呼びかけていた。それを恐怖する教授陣・経営陣もあったことだろう。何しろ「大人」にとっての12年は、ほんの少し前のことに過ぎないのだから。

◆在学当時、特に記憶に残っているのが、学費とカリキュラム「問題」についての学生参加ということだ。

◆学費については、既に導入されていた「学費スライド制」を見直すかどうかが学生大会(なんてものがあって、参加もしたのだ)の焦点であった。これは、後輩の学費を学生自らが上げることに賛同していいのかということが問題になった。

◆カリキュラムに関しては、まだ開学12年という「初々しい」大学(ということは、幼稚で稚拙な大学ということだ)にあって、いかに充実したカリキュラムを教授・理事・学生が「一体となって」作り上げるかという課題にもチャレンジしていた。

◆そんな「戦歴」を持っていた私としては、「この」大学も含めて、大学「一般」が持つ意義や機能、使命について学的に考察したいと思うようになったのも、ある意味当然だったのだろうと思う。

◆続きはまた日を改めて。

 

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※ 「なんとなく、大学論」を改めました。